【ポーランド】アウシュヴィッツ強制収容所に行ってきた。中谷剛さんから聞く真実。

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こんにちは。なおです。

先日、ポーランドにあるアウシュヴィッツ強制収容所に行ってきました。

第二次世界がポーランドへの侵略で始まり、日本で終わった。もちろん日本はドイツ側なので、遠い国ですが関係ないわけではないです。

だからこそ、アウシュヴィッツ強制収容所で、この歴史は死ぬまでには絶対見るべきだなと思っていたので行ってきました!!!ポーランドに来た理由はこれだけです。笑

大学生の時に「夜と霧」というアウシュヴィッツ収容所の本を読んで、衝撃を受けていつか絶対に行こうと思っていたので、今回これて本当によかった!!

ガイドは中谷剛さんというアジア人唯一の公認ガイドさんにお願いしてガイドしてもらいました。

本当にたっくさんのことが学べたのでブログに記録を残しておきます。

ナチスができた経緯

アドルフ・ヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)が出来た経緯から、簡単に説明していきます。

ドイツは第一次世界大戦で敗戦し、連合国から巨額の賠償金(ヴェルサイユ条約)を請求されたドイツは経済が崩壊し、世界恐慌も重なりさらに経済が混乱しました

そんな時、立ち上がったのがヒトラー率いるナチスで、ナチスは急速に経済を回復させ国民の支持を得て、第二次世界大戦に向かいます。

すでにこのころから、ヨーロッパにはユダヤ人差別は蔓延していて、ユダヤ人に良いイメージがありませんでした。

さらに、ナチスは強い偏った人種主義思想を持っていて、それがのちにユダヤ人大虐殺という悲劇を生んでしまいました。

ナチスは「ドイツ人こそ優秀であり、ユダヤ人は劣性である」と謳い、ユダヤ人にもともと不満や差別意識をもっていたドイツ人は賛同してしまうわけです。

このYouTubeでは、ヒトラーがユダヤ人について演説しています。強いのがわかる。

アウシュヴィッツ強制収容所ってなに?どんなところ?

アウシュヴィッツという言葉は、おそらくみんな聞いたことはあるのかなと思います。

第二次世界大戦中の1940年から1945年に、

ナチス政権下のドイツで人類史上最大級の大虐殺(ホロコースト)が起きた際の、過去最大の収容所がポーランドのアウシュヴィッツ強制収容所です。

アウシュヴィッツは実は3箇所あり、今でも残っていて、見学できるのはその中でも2箇所です。
第一収容所アウシュヴィッツと第二収容所ビルケナウで、総称で【アウシュヴィッツ】と呼ばれています。

アンネフランクなども有名ですね。オランダに隠れていたアンネフランクも、最終的にはここのアウシュヴィッツで(ビルケナウ収容所)で生涯を終えてます。

ちなみにこのアウシュヴィッツに収容それていたのは、ユダヤ人が90%ですが、それ以外にも障害者・同性愛者・国に反対した人々・ジプシーなどもいました。

もともと最初にこの収容所を作った理由は、様々な犯罪者に、強制労働や人体実験をさせるためでしたが、次第に広がり、ドイツは、ヨーロッパのユダヤ人を根絶するという恐ろしい計画を立てます。

ポーランドのユダヤ人をはじめ、ヨーロッパ中のユダヤ人を集めると、第1収容所だけじゃもちろん足りなくなります。

そして、第2を作りそれでも収容しきれなくなると、ガス室を作り、労働基準に満たない子供や女性・お年寄りはそこで殺虫剤により殺されました。

その後第3も作られて、全部で、150万の人々が亡くなったそうです。

少しだけ写真を撮ったので、その写真と紹介をしていきます。(フリー画像もあり)

現在の第1収容所 アウシュヴィッツ強制収容所

まず私たちが向かったのは、博物館となっている「第1収容所のアウシュヴィッツ収容所」。

入り口には

ARBEIT MACHT FREID「働けば自由になれる」と書かれています。

Bだけが反対の文字になっているのは、囚人がせめてもの抵抗で作った・もともとこう言った逆にする文字が流行っていたデザインだったという意見があります。

柵の中に入ると、いくつもの建物。今は、博物館として利用されています。

中の写真は全然撮ってないので、ないのですが笑

博物館には、当時の写真が何枚もありました。

それらの写真は、当時の監視員が隠れて撮っていたもので、収容所から逃げるときに写真を置き忘れてしまったいたため、残されているそうです。

中には囚人が隠れてとった写真もありました。

監視員が撮っていた写真の中には、連行されてきた子供たちがたくさん写っていました。

その表情は、泣いても笑ってもいなく、これから何が起きるのか・何をされるのかを悟ったかのように、みんな悲しいような苦しいような顔していたのがすごい印象的です。

また、子供達は、ほとんどの子が泣かずにじっと大人しくしていたみたいです。ここでわめいてしまったら親に迷惑がかかると、子供達なりに精一杯の配慮をしていのかなと思うと、とても心苦しいです。

博物館の中には、当時の遺品なども残されていました。

大量の靴に、バッグ・メガネ。

連行される際に持ち運ばれた陶器類などもたくさんありました。

また、当時ガス室ではこの、害虫駆除の殺虫剤を使って殺されました。この1缶で1500人?ほどの人が殺されたそうです。

また、当時は人間の髪の毛は、絨毯などにして使われていたので、大切な資源として保管してありました。

それが今でも残っていて、もうそれはそれは大量の髪の毛が展示してありました。

ちなみに、ドイツ軍はこれらの一連の労働は全くしていません。ただ監視をしているだけです。(ドイツ人の精神に負担がかかるから)

囚人の誘導や、死体処理からすべてにいたるまでの労働は、全て同じ囚人がやらされていました。

しっかり仕事をした囚人には大きい部屋や、より多い食事を与えたり、囚人の中にも格差をつけてコントロールしていったようです。

ガス室の中にも行きました。ただのコンクリートの部屋の上の方にちょっとした穴が開けられていて、そこから殺虫剤がまかれたそうです。

囚人にはシャワーを浴びると言い聞かせ、服を脱がせてガス室に誘導していました。

でも、そこがガス室であり、これから殺されてしまうということは、子供も分かっていたのかもしれません。

ガス室の横には、焼却炉があり、ガス室に入れられて亡くなった後は、焼却炉でやかれました。

もちろん誘導から焼却まで全部行うのは、同じ囚人です。

現在の第2収容所 ビルケナウ強制収容所

バスで5分のところに、ビルケナウ強制収容所があります。

めちゃくちゃ広いです。

ここの第2収容所に収容される人は、ほぼ全員ユダヤ人でした。

この線路はヨーロッパ中のユダヤ人を

この貨車によって運ぶために敷かれている線路です。

線路の上にあるのが貨車です。この貨車1両に70人以上の人が運ばれてきたそうです。

70人以上なんて、本当にギリギリ立って入るくらいの大きさなので、ここの中で何日も、長い人は何十日も立ちながら生活をし、食事もろくに与えられなかったようです。

そのため、ここに着くまでに多くの人が命を落としてしまいまいした。

しかし、生き残った人々も、この貨車を降りたら、死の選別が始まります。

ガス室に行くか、過酷な労働をするかのどちらかです。

それも、選別はドイツ人の医者によって。

まさかの、治療する側の医者がやっていたということに驚きです。

この第2収容所のガス室は、ドイツ軍によって破壊されてしまってますが(証拠隠滅のため)

なんとなくあったのはわかります。

実際に収容されていた建物の中も見てきましたが、

レンガ調で、部屋中に3段ベットが敷き詰められていて、そこの1段にぎゅうぎゅうで3人ほど寝かされていたそうです。

夏は暑く、冬は寒く、ろくな食事を与えられずの、この劣悪な環境下は、多くの人が餓死、過労死、感染症で苦しんで亡くなったそうです。

これで、3時間におよぶ、中谷さんのガイドが終わりました。

なぜユダヤ人が迫害されたのか?

おそらく、多くの人が思う疑問「なぜユダヤ人は差別され、迫害されこんな残虐なことをされたの?」ですよね。

これについては、様々な理由がある上に、いろいろな説があるし、全部は書ききれないのですが、ユダヤ人はなぜヨーロッパから嫌われていたか?嫌われているのか?(今も反ユダヤ主義の人は少なくないです)

迫害のきっかけ:「ユダヤ教の立ち位置」

そもそもユダヤ人はユダヤ教という宗教を信仰していて、ヨーロッパの多くの人はキリスト教を信仰しています。

もともとユダヤ教からキリスト教は生まれていて、

キリスト教にとっての神の子である「イエス・キリスト」を処刑したのはユダヤ教です。(詳しくはググってね)

そこからキリスト教は、ユダヤ教を敵視することになります。

当時のキリスト教の新約聖書では、ユダヤ人を敵視している記述が非常に多かったようです。

なので、キリスト教の人からするとユダヤ人は常に否定され、差別される存在であったみたい。

迫害のきっかけ:「グローバル化(フランス革命)」

その他の理由としては、グローバル化があります。

もともと18世紀までは、ヨーロッパにいるユダヤ人はゲットー(特別居住区)という、ユダヤ人だけが集まる地域に隔離されていました。

しかしその後、フランス革命が起こり、フランス革命といえば「人間と市民の権利の宣言」の人権宣言ですが、その宣言通りヨーロッパ全体で、今まで隔離されていたユダヤ人にもしっかり市民権を与えられるようになりました。

そして、問題はここからで、市民権を得たユダヤ人は、もともと商業などに強いということもあり、金融や商業などを中心に経済のトップに躍り出てくるわけです。

要するに、ユダヤ人の金持ちがたくさんでてくるわけです。

これはヨーロッパの市民に不満を与え、ユダヤ人に国を侵略されてしまうのではという不安から、さらなる差別につながります。

迫害のきっかけ:「ユダヤ人の民族性」

ユダヤ人は、民族として他民族との混合をせずに、民族としての統合を保ち続けていると言わ

れています。

また、ユダヤ教には「選民思想」という言葉があり、ユダヤ人が選ばれし者であるという意識があるみたいです。

キリスト教徒が多いヨーロッパの人々からしたら、「私たちの国にいるのに、自分達が1番だと思って、めっちゃ傲慢だな」と思われてしまうかもしれません。

こういった独特で強烈な民族性が、差別につながる理由とも言われています。

なぜこんなことが起きてしまったのか「色々な視点から見る現在にもつながる差別問題」

なぜこんなことが起きてしまったのか?と疑問に思っていたけど、中谷さんの話を聞いて理由は様々な視点から見る必要があると思った。

そして、それら様々の視点から見ていくと、「全くもって他人事じゃないな」ということ。

いろんな要素が重なって、ユダヤ人という人を何百万人と殺してしまった。

でも、本当に私たちにも起こりうることかもしれない。

その頃、もし私がドイツ人であの場にいたら、同じ間違いを起こしていたかもしれないって。

だからこそ、この過去の歴史をしっかり知って繰り返さないことが本当に必要だなって痛感しました。

いろんな視点からこの大虐殺のいきさつを見て考えていかなければいけないと思いました。

グローバル化の視点から

ユダヤ人差別ができた1つの大きな理由は、世界中にユダヤ人が存在し、人権を持ち始めたということ。

いわゆるグローバル化(フランス革命)が進んだことによる、民族意識の強化がユダヤ人差別を生んだと教えてくれました。

(ヒトラーは実はオースリア人で、オーストリアの芸術の大学に入りたかったが入れなかった。(受験に失敗してしまった)その大学では、移民であるユダヤ人がたくさん入学する中で、国民である自分が入れないことに、とても苛立ちを覚えたみたいです。)

身近な例えをするとすれば、

私たちの国の日本で、地元のバスに乗ったら、中に乗っているのは全員中国人(例です)でそこには、中国人のコミュニティや雰囲気ができていたら、「ここは日本なのに…?」って不安なりません?

また、ふとカフェにはいったら、もうそこは違う言語がたくさん飛び交っていたり、日本なのに、違う言葉で接客されたらどう思いますか?

また、日本では、日本に外国人が旅行や仕事に来ると、「ここは日本なんだから、日本の風習に従え」や「日本語を少しは覚えてから来い」など言っている人いるようですが、それもグローバル化の重視する問題です。

こういった不満や、占領されてしまうのではという不安が当時のヨーロッパ人・ドイツ人にもあり、その延長が今回のユダヤ人迫害につながってしまった。と言えます。

少数派の視点から

こんな残虐な大虐殺を誰も止めようとしなかったのか?

もちろん、ユダヤ人迫害に立ち向かったドイツ人・ポーランド人・ヨーロッパの人はいますが、そういった人々は全員政治犯(政治に反対した)として処刑されています。もしくは収容所に送られてしまいます。

だからこそ、多数派に入るしかなかったということですね。

多くのドイツ人は、ユダヤ人大虐殺賛成ーー!!とまではいってないそうです。でも、「私はドイツ人です。ユダヤ人ではありません。」と言い続けた。

「この大虐殺には加担しないけど、私は多数派だからねって。」(だから罪意識がない)

この結果が、ユダヤ人を余計に排除してしまった形になっているようです。

日本でもよく学校や仕事場でもいじめが発生しますが、この大虐殺の始まりとなんら変わりなんじゃないのかなとも思いました。

学校の絶対的番長がいて、少数派(周りとは違う部分や物がある)の人たちをいじめる。傍観者はいじめに加わらないもの、「僕たちは少数派ではなくて、多数派の方だよ」と言っている。感じかな?

かわいそうだとは思うけど、何も言えないし、いじめられたくはないから、多数派の方だよ。

といじめが始まってしまうのと、似てる気がします。

大切な人の視点から

この、大虐殺は誰が悪いのか?ヒトラーは確かにナチス・ドイツのトップで独裁的な政治を行った。しかし、そのヒトラーを選び、支持したのは国民でもあるし、

そもそもヒトラーが立ち上がり国民が立ち上がった背景には、第一次世界対戦で連合国から巨額の賠償金(ヴェルサイユ条約)を背負わされて、ドイツは経済が崩壊したからこそ、立ち上がったわけで。

また、ドイツの国がこんな残虐なことをしているのを周りの国は知っていんだけど、何もしなかった。自分たちの国にもユダヤ人はいらないし、自国の国を守るので精一杯だから…。とう理由に。

結局は、ヒトラーは自分の国をどう守るかを考え、

同時にドイツ人も自分や自分たちの国をどう守るか考えて。

ユダヤ人も、確かに傲慢な部分はあったかもしませんが、それは宗教による特徴で、彼らは宗教を忠実に守ろうとした。

残虐ではあるけれど、最初をたどっていくと、大切な何かを守りたいがゆえのこの事件ではないのかなとも思いました。

確かに、大切な人やものを守るのは、人間の根本にあるものですしね。

難民問題を考えていく必要

ガイドをしてくれた中谷さんが、私たちに強くおっしゃっていたのは、

「このユダヤ人大虐殺の問題は、今の難民問題に深く関わっている」

私たちは、この問題をしっかり考え、もっと話し合っていく必要があると。

私が、アウシュビッツ強制収容所にって驚いたのは、ヨーロッパの国々の中高生の団体の数。

本当に中高生が多くて、先生とガイドさんと回りながら

ヨーロッパの難民問題を考えるきっかけを与えるそう。

今のヨーロッパは「難民受け入れ」が積極的にされているけど、これはこの過去の反省に基づくものだそう。

しかし、やっぱり市民からしたら「難民受け入れ」には賛否両論あり、差別もありだからこそ、ヨーロッパはとてもこの難民の問題についての教育に力を入れているそうです。

中谷さんは、ヨーロッパだけでなく、日本も難民問題についてもっと意識を向ける必要があると何度もおっしゃていた。

確かに、日本はヨーロッパに比べて多民族・多国籍な国ではないけど、それでもやっぱり移住してくる人は増えていて、当たり前のように日本で働いたり、住んでいる海外の人を目にするようになった。

そして、これからもっともっと多くなっていく。そうなったときに、どういった対応すべきなのか、どういった行いをすべきなのかをしっかり1人1人が考える必要があると。

同じ失敗を繰り返さないためにも。

アウシュヴィッツ強制収容所の本

ポーランドにはいけないけど、アウシュヴィッツやナチスや、ホロコーストには興味がある人は、当時の状況が詳しくかいてある、この「夜と霧」の本をおすすめします。

当時の、実際に収容されていて生き残ったユダヤ人精神分析学者がみずからのナチス強制収容所体験をつづった本です。

怖いくらいリアルで、辛いですが、当時の本来の姿がすべてわかります。

〈わたしたちは、おそらくこれまでのどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。
では、この人間とはなにものか。
人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。
人間とは、ガス室を発明した存在だ。
しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ〉

また、アンネフランクの日記は多くの人が知っているかもしれませんが、収容される前の当時のアンネの心情がすべて綴ってあります。
私もキンドル版でゆっくり読みます。

中谷さんがおすすめしてくれた本は、こちらです。

第二次世界大戦の日本とアウシュヴィッツのことが絡めれている小説です。

私たちもキンドルで読みたいと思います。

中谷さんのガイド情報

今回は、公式ガイドの中谷さんにお願いしましたが、

本当にガイドをお願いしてよかったなと満足度200%でした。

ガイドの申し込み方法は、中谷さんのメールアドレスにメールをして、空いてる日があったら、行ける感じなってます。

ただ、中谷さんもとても忙しいようで、ガイドをしてくれる日も限られているようなので、決まり次第早めに連絡してみたほうがいいかもしれません。

中谷さんの連絡先は、本人に許可を取るのを忘れてしまったので、

ここには載せれないので、(ごめんなさい)笑

「アウシュヴィッツ 中谷」とぐぐってもらえれば、他の方が書いた記事に連絡先が載っているので、そちらから連絡してください!

もし、中谷さんのガイドが申し込めなかった場合は、中谷さんはアウシュヴィッツ博物館収容所内の案内の本も出版しているので、理解度もますかなと思います。

まとめ

あまりにも、書きたいことが多すぎて、でも文章がまとまらなくて、こんなつらつらつらつら

書いてしまいました。ここまでもし読んでくれた人がいるなら感謝で、書いた甲斐があります。笑

人によって見方は色々あると思うし、違った解釈をしている部分はあるかもしれないけど、お許しを!笑

最近は、ユダヤの陰謀とかアウシュヴィッツの陰謀とかもよく言われますが、

私によって、今回このアウシュヴィッツを見学し話を聞いた体験は、人生観が変わるような体験で、改めて考え直さなきゃいけないことがたくさんあるなと感じました。

いけてよかったです。

本当にここまで読んでくれてありがとうございました!!!!!

感謝です。笑

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